弱みを笑い話にできる人ほど信頼される
自分の弱い部分を、オープンにできていますか。
若い頃の私は、これがまったくできませんでした。
突っ込まれそうな弱点を必死で隠し、強い人間ぶっていた黒歴史。
今日はそれを自虐込みで振り返りながら、ウェブでの情報発信にもつながる話を。
自分の弱い部分を、オープンにできていますか。
若い頃の私は、これがまったくできませんでした。
突っ込まれそうな弱点を必死で隠し、強い人間ぶっていた黒歴史。
今日はそれを自虐込みで振り返りながら、ウェブでの情報発信にもつながる話を。
ウェブ制作の打ち合わせに伺うと、想定外の言葉を耳にすることがあります。
「いや、うちはまだそこまでアピールできる規模じゃないから」
「同業の〇〇さんを差し置いてそんなメッセージを発信したら、失笑モノだよ」
悪気があっての言葉ではありません。
むしろ謙虚さや業界内のバランス感覚から出てくることが多いのです。
ただ、そのたびに同じ問いが浮かびます。
——そのホームページは、誰に見てもらうために作るのでしょうか。
僕は趣味でギターを弾いています。
ライブをするわけでも、誰かに聴かせるわけでもなく、仕事の合間にぽろぽろと音を出す程度です。
その程度のものでも、ある一つの出来事が子どもの態度を変えました。
子どもはずっとギターに無関心でした。
横で弾いていても目も向けず、楽器の話をしても反応ゼロ。
それが「あつまれ どうぶつの森」のBGMを一曲弾いてみせただけで、急にやる気になったのです。
この話には、ウェブの設計や導線づくりに通じるものがあります。
続きを見る以前、ECサイトのコンテンツ制作を依頼いただいたときのことです。
商品は、子ども向けのダンボール工作キット。
組み立て手順や対象年齢といったスペックも、もちろん大切な情報です。
ただ、このときページ構成の軸に据えたのは、別のところでした。
子どもたちが夢中で工作しているシーン、完成品を手に笑顔で遊んでいる写真。
そういった「使っている場面」を、ページの入口に置くことにしました。
ページを開いた人は、ほんの数秒で「読むか、閉じるか」を決めています。
そのとき見られているのは、情報の量よりも「読む理由」があるかどうかです。
つまり勝負は、内容の前に入口の設計です。
日常生活でも「それ、先に言ってほしかった」と感じる場面、ありませんか?
例えばこんな。
昔からずっと僕はMacユーザーで、仕事でもプライベートでも中心はずっとMacでした。
そのせいもあってか、長いあいだメインの機種はほとんど変わっていません。
きっかけは、イラストレーターを仕事に使っていたデザイナーの友人でした。
当時はコンピューターでデザインをするならMac一択だ、と言われている空気があり、その友人がブラウン管のiMacを買ったのをはっきり覚えています。
半透明のカラフルな筐体に、でっかいブラウン管が収まっていて見た目は強烈で、部屋に置くとパソコンというより家具に近い存在感がありました。
僕は当時バンド活動をしていて、曲のネタを録音したりライブのチラシを作ったりする必要があったので、流れとしては自然に友人と同じiMacを購入しました。
ライブの日付と会場名を並べただけの素朴なチラシから少しずつ体裁を整えていったのですが、いま振り返るとそれもウェブの入り口の練習になっていたのかもしれません。
スタジオに持ち込むわけではありませんでしたが、自宅での作業は一気に「制作っぽく」なった感覚がありました。
印刷に出す前の画面の明るさと、完成した紙の手触りのギャップに一喜一憂した記憶も残っています。
「これで制作もバッチリだ」とワクワクしたのは、今でも思い出します。